MORRIE
その独特の世界観、誰にもこびない在り方に清春やSUGIZOが慕うMORRIE。
通してファルセットで歌われている「光の涯」で出会ったのだけれど、それゆえにパワフルな90年代DEAD ENDを聴いた時も今回取り上げたどのボーカリストよりも人間から離れた妖しさ満点の近年の歌声を聴いた時も、本当に全て同一人物の歌なのかと疑いました。
さて、ソロワークスですが!出会ったばかりの頃の感想は「DEAD ENDではYOUのセンスによって絶妙にキャッチーに仕上げられていたけれど、純粋に彼だけの世界感で構成されるとこうなるのか…。言葉にまだできないんだけれど、というかできる日が来るのかもわからないんだけど、すっごく、変!すっごく!」でした。一貫した美しさがあることは間違いないのだけれどこの不思議な受け容れ難さ。初期の作品は年数なりに古い感じもするけど(これはシンセサイザーの音によるところも大きいと思われる)かと言ってこういうのあったあった~なんて平和なモノじゃ全くない。構成もメロディもサウンドもミステリアス。簡単には開かない、ものすごく気難しい扉に出会った気分…。フォーキィなノスタルジィな(そう、ノスタルジーじゃなくてジィってしたくなるようなダサさを孕んでいる!笑)けど他のどこにもないような浮世離れしたエモーショナル。音階や詞使いには和っぽさもありつつ、ジャズ的なベースラインや管楽器が鳴り響き、かと思えば所々大陸っぽさも滲む無国籍サウンド。本当にとっつきづらく、なかなか手強いのだけれどひとたび曲が開けたなら驚くべき中毒性を発揮します。
何よりMORRIEの詞はいつも人の視点じゃない。ヒトの世俗を一歩引いてみている「何か」的視点なの。それは必ずしも高いところ明るいところのモノとは限らず、闇の中地中に潜むモノであったり平行世界の「何か」であったりもする。この人は本当にヒトなんだろうか…。どきりとするコトバの数々。
近年はライブに加えてトークライブ(お題は音楽、人生、生と死、〈存在〉、自分が自分であるところのこの〈これ〉、永遠…etc)もしているみたい。とにかくきになる存在です。ライブもトークライブも行ってみたい。
favorite
『ECTOPLAZM』2005
“透明に成りたい春よ 絵空事を叫びたい夏よ” きいてもきいてもきいても!!全然頭に入ってこず、扉が開くまで諦めないぞ…ってもはや半分意地になっていた中、突然冒頭の詞に心を打ち抜かれました。「あとは野となれ山となれ」この割とリアルと密接で投げやりで大雑把な印象の慣用句に“砂漠となれ なんとなれ”って付け加えてこの人が歌うとなんだか言葉の印象がくるりとひっくり返ってとっても大きな気持ちになっちゃう不思議。ずっとループし続ける電子音、同じメロディを次々違う音がとって変わっていく妙…この1曲をはじめじわりじわりと中毒性のある曲が連なるベスト盤(ちなみにライナーノーツが櫻井敦司!)。1995年からの長い沈黙期間に発売されたもので一言で「歌」と呼ぶのを躊躇ってしまうような直近のMORRIEの声の音の妖しさはまだどこにもありません。
音がなければモノクロのアダルトビデオって言われてもわからない「パニックの芽」はMVも印象的。胸も丸出しだし写っているものはエロティックなはずなのに驚くほど温度が感じられないという衝撃。しかもこの曲、当時はVHSでしか発売されていなくて音源になっていない。それなのに“愛に神秘はないけれど君がいることが神秘的” “愛さなければいけないから愛する”…到底無視できない言葉が並んでいる。みんな聴きたくなった時どうしてたんだろうか…。
『HARD CORE REVERIE 』2014
20年ぶりのソロ作品。『ECTOPLAZM』収録曲よりもさらに構成も複雑になって、6分~9分の長いものも増え、歌い方もガラリと変わり…はじめはもうとにかくとっつきづらい。この人はもう誰かのためではなく、もしかすると自分のためにですらなく、ただ在るがまま音楽をやっていてわたしはそれを勝手にきいちゃってる、という感じがして、この人リスナーの存在とかもうあんまり考えてないのでは…?と思ったくらい(失礼すぎる)。
ですが!!!辛抱強く聴いているうちにだんだんと強烈に中毒になっていくスルメイカなアルバムです。「Killing Me Beautiful」「Unchained」などメロディも展開もあまりに読めないフラストレーションが不意に弾けて浮遊する瞬間が気持ちいいってとこまで行ったらあとは沼。もはやなんでとっつきづらいって思ってたんだっけ??という感じ。
とても内側へ、あるいは誰もいない外側へ向かってい ながら、常に突き抜けた親しみも漂っている。
幻想的でありつつ 表題通りどこまでも醒めている。摩訶不思議で美しい作品。
『Ballad d 』2022
あとで書きまっす!!